
プロフィール
中国山東省出身 青島科技大学卒 青島から電車で約5時間という泰安という街で生まれ育ち中学生時代まで過ごす。高校と大学ではバレーボールなどスポーツにも打ち込んだ。「もちろん勉強も一生懸命やりましたよ(笑)」。日本に来てからの、何よりの楽しみはショッピング。「初めの頃は新宿で何度も迷いました(笑)」。お給料がどのくらいショッピングに消えているのか。「それはヒミツです(笑)」。
日本で仕事ができ、スキルを磨けることに魅力を感じました
青島科技大学の3年生の終わりに、アルテック北京(アルプス技研の現地法人)の選抜試験に応募しました。ちょうどその頃は、卒業後に大学院に進むか就職するか迷った末に、社会に出て仕事をしようという結論を出した時期でした。ですからタイミングも良く、選抜試験を知ったとき「これはひとつのチャンスかな」と思ったのです。日本は技術力の高い国であり、時折テレビで見る風景からとても美しい国だという印象を持っていました。日本語と技術的な勉強が出来、日本で仕事をする道が拓けるなんて素晴らしいと思いました。
大学4年生では大学の講義とアルプス国際エンジニア教育センターのプログラムを並行して受ける生活になりました。日本語教育、礼儀作法、ビジネスマナー、CAD、JIS、業務演習などプログラムはぎっしりでとても忙しかったですが、充実していました。日本語は漢字があるので、最初は分かりやすかったのですが、学ぶうちにひらがなや、日本語特有の言い回し、同音異義語などが登場しどんどん難しくなっていきました。まだ周りが寝静まっている早朝に起き出して、校舎の最上階で大きな声を出しながら日本語の勉強をしたことが懐かしく思い出されます。
営業所の皆のサポートを受けて少しずつ慣れていきました

青島科技大学を卒業後、アルテック北京でのブラッシュアップ研修を経て、日本に行くことが決まったのは2005年の10月のこと。渡日が正式に知らされたときは「ついに決まった、いよいよだな」という期待と同時に「本当に日本の企業で通用するのだろうか、うまくコミュニケーションできるのだろうか」という不安も少なからず抱えていました。
来日後、さらに2ケ月の研修を受け、大宮営業所の配属が決まったのは12月。勤務先は通信機器メーカーでした。技術開発部に所属し、最初の頃は様々な機器の設計図面の修正や試作品の熱試験などテストを担当していました。技術面での問題はありませんでしたが、戸惑ったのはコミュニケーションでした。女性が少ないということもありましたが、リーダーへの質問するタイミングが難しかったり、指示の細かいニュアンスが汲み取れなかったりすることがありました。すると余計に委縮してしまって、さらに積極的なコミュニケーションがとれなくなる。来日前の不安がまさに的中した感じでした。そんなとき、相談相手になってくれたのは、営業所長やアルプスの先輩エンジニアでした。メールでのやりとりをはじめ、営業所で色々話し合ったりして、勤務先での対応方法などアドバイスと励ましを受けました。
営業所の皆さんが私の大きな心の支えになりました。また仕事面だけでなく、生活面でも買い物の仕方に始まり、きめ細かくサポートしてもらい、本当に助かりました。
自信が芽生え、そしてそれは確かなものになっていきました
勤務を始めて半年ほど経った頃から、部品の設計などを任されるようになりました。この頃からコミュニケーションもうまくとれようになってきました。もともと私はおしゃべり好きで(笑)、誰とでもすぐに打ち解けられるキャラクターです。そんな私らしさを少しずつ取り戻すことができたのです。

チームが変わって、あるとき家庭用ルーターの設計を任されました。大学時代に少し学んではいましたが、プラスチックの設計経験がなかったため、リーダーに、日本的に言うと手取り足取り教えていただきました。普段は無口なリーダーですが、聞けば親切丁寧に教えてくれる。日本人の典型的なエンジニア、というのは私の勝手な思い込みでしょうか(笑)。ともあれ90%以上をリーダーに教わりながらなんとか完遂できました。やはり自分が手がけた設計がカタチになる、製品になるというのは技術者にとって大きな喜びです。この経験が一つ自信の芽生えになりました。
そしてすぐに、次のプロジェクトがやってきました。同じくルーターの設計でしたが、今度は構造から寸法、曲り角度など自分で考え、判断してつくっていくことができました。もちろんまだ分からないこともありましたが、半年近いプロジェクトのなかで、芽生えはじめていた自信が確かなものになっていくのを感じていました。
技術系事務の仕事でコミュニケーション力を磨いています

2008年の春から、自動車メーカーに勤務しています。このメーカーは今、中国への輸出を開始しようとしていますが、そのための書類作成や資料の手配などを任されています。中国との行き来もあります。設計に携わる仕事ではありませんが、私自身はすごくいい機会だと思っています。設計の仕事はパソコンに向き合う時間が多いのですが、ここでは他のスタッフとの打ちあわせなどのやりとりが多くなります。なによりも日本語のコミュニケーション力アップにはもってこいなのです。ですから、この経験は、設計の現場に戻ったときに、必ずプラスとなる経験であると感じて取り組んでいます。
来日3年目で今はまだ「もっと日本語を上手く話したい」「技術力をアップしたい」ということで頭が一杯ですが、将来に目を向けたとき、思い浮かべるのは中国と日本の掛け橋になるような仕事がしたいですね。勤務先が日本企業であっても中国企業であっても、両国の発展のために、貢献できるようなエンジニアになれたら最高です。

営業所長(2008年8月現在)
水野 真樹
営業担当から
この先、着実にキャリアを積んで
ブリッジエンジニアとして活躍して欲しいですね
アルプス青島エンジニアは、中国で非常に充実した内容の教育研修を受け、さらに本社でのブラッシュアップ研修を経て、配属となります。私はコミュニケーション力、技術力ともに自信をもってお取引先企業へご案内しています。
大宮営業所では現在7名のアルプス青島エンジニアが所属していますが、いずれもとても高い評価をいただいています。張さんは、大宮営業所が3年前に初めて迎え入れたアルプス青島エンジニアですが、年々着実に成長している様子が見て取れます。1社目で確かな実績を残し、2社目の派遣先もすぐに決まりました。環境への適応力に優れていると思います。また、おしゃべりが好きで積極的で元気な人柄が、周りの人を明るい雰囲気で包み込んでいく魅力がありますね。
今は仕事上で中国とのやりとりも任されているようで、更に経験を積んだ後には、中国に帰国してブリッジエンジニアとして活躍することもできると確信しています。


