Alps 株式会社アルプス技研:会社案内:アルプスエンジニア

あきらめずに頑張り通す姿勢で、ハイレベルなエンジニアへ成長していくことを誓います。-孫

プロフィール

中国山東省出身 青島科技大学卒 来日後、立川営業所へ配属が決まった際に八王子に引っ越しをして一人暮らしを始める。東京営業所へ異動になっても「八王子の自宅がとても気に入っているため」引っ越しせずにそのまま通勤を続けている。「日本語はまだまだ」と言いつつ、職場では周囲とよくコミュニケーションがとれている。飲み会にも時おり顔を出している。「仕事のときの顔と、お酒の席の顔が違う人が多いので、そこが面白いですね(笑)」。

技術立国日本での仕事に憧れました

大学の3年生の5月、あと2ヶ月で4年生に進級するという時期に、アルプス技研の現地法人である、アルテック北京の選抜試験があることを知りました。私が応募した理由は大きく二つあります。一つには「そろそろ就職活動をはじめようか」、と考えていた時期であったから。もう一つには、卒業後に技術立国である日本で仕事ができ、技術者として自分の技術力を磨けることに魅力を感じたからでした。私たちはアルプス青島エンジニアの三期生ですが、電気電子系の学生募集はこの年が初めてであり、約200名の応募があり合格者は40名でした(機械系も含めると約400名応募の80名の合格者)。

学科試験の後に行われた面接の自己PRで「どんな困難があっても負けずに頑張ります」と回答しました。私は決して成績優秀ではありませんが、何事もあきらめずに努力することに関しては自信があるからです。

両親には選抜試験に合格した後、報告しました。大学卒業後に日本に行くことに理解を示してくれた両親から「自分の道は自分の手で拓くもの」と言われました。励みの言葉として今も胸にしまってあります。

1年間、日本語と技術スキルの向上に取り組みました

大学4年生の1年間、アルプス国際エンジニア教育センターのプログラムを受けました。技術教育ではCADやシミュレーションツールの操作実習、配線基盤の設計の演習、日本語教育は「あいうえお」から始まって、会話の実習など、毎日朝から夕方までプログラムはびっしり入っていました。他の同学年の学生は就職活動があるとはいえ、講義数は少ないので、朝早くから勉強しているのはアルプス青島エンジニアの卵である私たちだけです。でも辛くはありませんでした。1年後には日本で仕事ができる未来が待っているのですから。その準備期間を実りあるものにしようと必死に勉強しました。

この頃の思い出というと、寮の仲間と一緒に日本語の練習に励んだことです。寮には教育センターで学ぶ2名の友人がいました。特に日本語の会話テストがある前日は、3人で特訓です。会話テストでは先生の前で緊張して、いつもより上手く話せなくなってしまうので、色々なテーマを出し合っては練習したものです。でも、結局毎回のように緊張してしまうのですが(笑)。ただ日本語が苦手だったわけではありません。漢字があるので意味が分かりましたし、苦手な英語よりはとても楽しく学ぶことができました。

周囲のサポートもあり、日本での生活に溶け込めました

来日したのは2007年8月29日です。一期生、二期生の先輩たちからの手紙やメールで、日本での生活を写真で見ていましたから、日本の風景や様子に戸惑いはありませんでした。夜に到着したため、成田から本社近くの寮に向かうまでの夜景の美しさがとても印象的でした。

本社では日本のビジネス習慣の演習、プレゼンテーションなど、より実践的な研修を受けました。その後10月から立川営業所の配属となりました。寮を出て、一人暮らしを始めるにあたっては、さすがに少し心細い思いがありました。それを知ってか、所長や営業スタッフが、車で日用品の買い物に回ってくれるなど、色々サポートしてくれ、とても助かりました。業務が始まってからも何かと声をかけて気にしてもらえたことが心強かったですね。おかげでホームシックにかかることなく、日本での生活に溶け込んでいくことができました。

約半年後、東京営業所へ異動になりました。日本を代表する、つまりは世界屈指の電子機器メーカーでの勤務となり、大きなチャンスをもらえたことに胸躍らせて新しい職場へ向かいました。

最先端技術に触れる、恵まれた環境にいます

勤務先では家電製品の事業部の所属となり、モジュールの評価チームで主に基板を担当しています。事業部には薄型テレビの技術開発もテーマであり、周囲は先端技術にあふれています。私の担当は基礎的なパートではありますが、そういった環境に身を置けることは幸運だと思っています。無線LANといった分野は私の専攻ではないので、分からないことがあれば本やネットで調べて、あるいはリーダーや先輩に聞いて知識を蓄えています。職場では非常に温かく迎え入れていただき、質問や相談にいつも丁寧に答えてもらっており、当初に抱いていた不安はすぐに吹き飛びました。

ただしキャリアが浅いこと、外国人であることに甘えは禁物です。もし私が小さなことでもミスをすれば、それは周囲の人に迷惑をかけ、またプロジェクト全体にも影響が及ぶケースがあることを常に肝に銘じています。任されたことに責任を持ってやり遂げ、仕事の範囲を少しずつ広げ、技術を高めていきたいですね。

私が、ハイレベルなエンジニアに到達するまで、あとどのくらいかかるのかまだ分かりません。5年か、それ以上なのか、あるいはもっと短くできるのか。私の身上でもある、あきらめずに頑張り通す姿勢をもって、自分に期待をしながら日々成長していきたいと思っています。そしていつの日か、中国へ帰り、自分らしく輝けるキャリアを重ねていきたいと思っています。

営業所長(2008年7月現在)

畠山 栄

営業担当から
どこに行っても信頼関係を構築できる
自信と能力を身に付けています

東京営業所には現在11名のアルプス青島エンジニアが所属しており、このうち女性は孫さん1名です。だからといって彼女は気負うことなくマイペースで物事にあたり着実に成長を遂げています。

東京営業所のアルプス青島エンジニアは、とても親しみやすい性格が特色。日本人から見る外国人のイメージは“プライドが高い”、“自己主張が強い”といった日本人のからすると少し敬遠されがちなイメージを持つ方もいらっしゃると思いますが、そういったイメージを彼らに感じることはありません。 それは、彼らが日本に来る前、学生の頃から日本の文化に触れていたことが大きいと思います。さらに日本に来てからも様々な経験、人とのふれあいを通じ日本の文化を深く理解したからだと思います。

我々営業所スタッフも彼らの疑問や不安な気持ちを率直に言える雰囲気や今彼らに必要なことを理解してもらうための様々なサポートを行います。心通じ合える関係が出来、始めて彼らは我々を信頼してくれます。その上で様々な指導を行う事により、仕事の基本である「報告・連絡・相談」が適切に出来るようになりそれが彼らの自信と成長に繋がっています。 お客様が若い彼らに期待することで一番重要なことは「仕事をお願いし易い人」ではないでしょうか?まさに孫さんはそんな技術者の一人。母国と違う文化を持つ国で信頼し合える関係を作ることが出来た彼らは、どこに行っても信頼関係を構築できる自信と能力を身に付けています。

これから技術者として成長し続ける彼らが、近い将来、我々の牽引役となり日本のものづくりの中心で無くてはならない人材として活躍する日もそう遠くないと感じています。