
プロフィール
青島科技大学卒。配属から1年、勤務先の社員の人たちともすっかり打ち解け「周りの方にとても良くしてもらっています」。自らが講師を務め「中国語勉強会」を開催したこともある。また日本での一人暮らしにも大分慣れ、休日は趣味の釣りやカメラを楽しんでいる。「先日、近所の湖で黒っぽい大きな魚を釣って、煮込んで食べてしまいましたが、あれは何という魚だったのでしょうか(笑)」。
日本の技術に触れ、学ぶことのできる絶好の機会だと思いました
私が生まれ育った湖北省恩施市は、大学のあった山東省の青島から、電車で20時間ほどかかる場所にあります。青島などと比べれば相当のんびりしています。私ものびのびとした少年時代を過ごしましたが、中学の時に大学進学を決意し、高校時代は脇目もふらず勉強しました。中国では勉強し良い成績を残さなければ大学へ進学することはできません。高校の成績によって進学できる大学も決定するのです。努力の甲斐あって、私は希望通り青島科技大学の電気通信学科に進むことができました。大学生活の途中まで、卒業後は中国国内で就職しようと考えていましたが、3年の時に転機が訪れました。アルテック北京の選抜試験の実施を知ったのです。日本の電機メーカー、自動車メーカーなどの名は中国でよく知られていますし、「日本の技術はすごい」というイメージがありました。だから「日本に行けるチャンス、ぜひ挑戦したい」と思ったのです。難しい試験だったこともあり、合格できたときは本当に嬉しかったですね。
大変でしたが実り大きな教育センターでの学びでした

教育センターで学んだ1年間で、日本語の勉強にはとても苦労しました。たとえば私のように中国の南部出身の人間は、日本語の「なにぬねの」と「らりるれろ」の区別がつき難いんですね。発音も聞き取りも、どちらも同じような発音になり、同じように聞こえてしまう。不思議なことに北部の出身の人は、そうではないのです。あるテーマが設定され日本語で皆の前で発表する授業もありましたが、これも毎回のように緊張しました(笑)。それでも1年間頑張ったおかげで、ゼロからスタートした日本語もなんとかサマになっていきました。技術面では、ハードウェアの記述言語Verilog HDLや電気回路設計ツールのOrCADなどを学びました。
大学4年の授業と並行してセンターの研修を受けていましたから、スケジュール的にはハードでしたね。新しいことを次々吸収していかなければならず、プレッシャーもありましたが「最後までやり遂げるんだ」という思いで頑張り通しました。卒業後はアルテック北京で約3ヶ月間、日本語とビジネマナーの研修を受けました。日本のビジネス習慣に合わせた電話の受け答えや名刺交換などがとても新鮮でした。来日したのは10月半ば過ぎ、日本に秋が訪れようとてしている、とても爽やかな季節でした。
ブラジル向けのDisAssy業務に携わっています
11月の末に、浜松営業所に配属となりました(2008年三河営業所開設とともに異動)。総合電機メーカーで「英語力のある人材を」というニーズがあり、面接を受けました。それほど得意とは言えませんが、英語で自己紹介をし、仕事への意欲をアピールしました。中国にいたときに、思い描いていた、世界的なメーカーで仕事ができるチャンスを逃したくありませんでした。

この1年ほど取り組んできたのは、ブラジル向けのデジタルビデオカメラやデジタルカメラのDisAssy業務です。DisAssyとは分解といった意味があります。つまり完成品を輸出するのではなく、ある程度分解したアセンブリを送り、現地で組み立てる体制をとるわけです。量産に入る前に、ブラジルの現地スタッフと英語のメールでやりとりをし、どこまで分解した状態で送るか決定し、テスト用の部品を評価し梱包し送ります。 部品が多いと注意すべきことも増え、機構的にも難しくなります。電気だけの知識では追いつかないことも多々あります。また分解の仕方、静電気が起こらない梱包の仕方など常に工夫、改善、効率化が求められ、大変ですが、キャリアの浅い私にとって大きなやりがいを感じられる仕事でもあります。
5年、10年と日本で技術と知識に磨きをかけたいですね

DisAssy業務は社員2人と私と3人チームです。最初の頃は教わるばかりでしたが、半年くらい経って、ようやく一人で進められるようになりました。ときには外部の協力会社へ設計変更の修正指示書を送り、打ち合わせをするといった業務も行っています。日本語で的確な指示を伝える必要があり、自分には難易度の高い仕事ですが、ハードルの高い仕事にチャレンジすることで成長も実感できます。飲み会などで「最近成長してるね」「頑張ってるね」などと声をかけてもらうと、嬉しいですね。
ただし、まだ1年目ですから上を見たらやるべきことは山ほどあります。常により良いアプローチを追究する姿勢、深い思考力、細部に妥協を許さない完璧主義など、日本人の技術者の考え方や姿勢からは見習うべきことが多くあります。日本の技術の凄さの秘訣を垣間見る思いです。日本に来たことは正解でした。だからあと5年、10年と日本で知識と技術を磨いた後に中国に帰りたいと思います。今、日本とブラジルを結ぶ仕事に携わっているように、世界へ目を向けて、将来的には中国と日本やブラジルなど、他国を結ぶブリッジエンジニアになりたいと思っています。

営業所長(2008年10月現在)
山田 英二
営業担当から
派遣先の評価も高く、三河営業所の
技術者にも刺激を与えている存在です。
三河営業所には、アルプス青島エンジニアの第三期生が3名、第四期生が2名在籍しています。第三期生は配属から約1年経っていますが、知識、コミュニケーョン力いずれもレベルが高い人材が揃っています。月に1度は個人面談を行い、週末には勉強会で顔を合わせるので、常に様子を聞いたり、相談事はないか確認していますが、まったくといっていいほど問題はありません。営業所にも職場にも自然と溶け込んでいった観があります。
派遣先からの評価も非常に高く、嬉しく思っています。私から見ると、彼らは素直で、吸収力に優れています。休日返上で勉強会に参加するなど向上心もあります。そういう姿勢が、営業所の日本人の技術者にも刺激を与えている効果も出ていますね。これからの成長に期待していますし、今後アルプス青島エンジニアが日本と中国のブリッジエンジニアとして活躍できるようできるだけのバックアップをしていきたいと思っています。


