
プロフィール
中国石油大学卒。来日当初、あまりの商品の多さと、パッケージの商品名が分からず、コンビニでの買い物に苦労した。そんなことが嘘だったように、今ではすっかり日本での暮らしに馴染んでいる。趣味は旅行。連休を利用して大阪や北海道に出かけた。「初めてのスキー、楽しかったけれど2日目は筋肉痛で大変でした(笑)」。また勤務先のクリーン大会(清掃)、障害者施設への訪問など、ボランティア活動にも積極的に参加している。
選抜試験の実施を知り、迷わず受験しました
私は山東省の徳州で生まれ育ちました。高校までこの地で暮らし、中国石油大学への進学を機に寮に入りました。子供の頃は警察官になるのが夢でした。ドラマなどに登場する婦人警官がとても格好よく目に映ったのです。人の役に立つこともできますしね。しかし、視力が規定に満たなかったこと、身長が規定に足りなかったことなどから、この夢は諦めざるをえませんでした。
両親から「将来は大学に進み、大学院で研究生になるように」言われていたこともあり、中学、高校と勉強には熱心に取り組んでいました。電気通信科に進んだのは、小さい頃、父がテレビやラジオなどを修理するのを見ていて、電気や電子機器に興味があったからです。また卒業後の仕事のことも考えると、将来性が豊かな分野だと思ったからです。当初は、大学院への進学も視野に入れて学生生活を送っていましたが、3年生の夏にアルテック北京の選抜試験の実施を知り、このプログラムにとても興味を持ち、迷わず「受験しよう」と思いました。
憧れていた日本で、チャンスをものにしたいと思いました

日本の情報はテレビから入ってきます。アニメやドラマも良く見ました(笑)。日本はまず「技術の国」であり、その次に「美しい国」というイメージがありました。文化や暮らしにもとても興味を持っていたので、絶対に合格したかった。だから、合格したときは、素晴らしいチャンスに恵まれたと思いました。
教育センターでの1年間は、とにかく日本語を覚えるために必死でした。難しかったですが、日常会話のテストが実施された半年後くらいから少しずつ話せるようになっていきましたね。茶道を教わったことも印象に残っています。正座は足が痛かったけれど(笑)、楽しかった。技術面ではOrCADやVerilog HDLなどを学びました。これは現在の仕事でも役に立っています。
卒業後は、さらにビジネスマナーをはじめ、日本の商習慣を覚えるための実践的な研修を受けました。日本人の先生がとても親切に指導してくださいましたが、自分としては来日を前に不安と期待が交差する毎日でした。来日は10月。いよいよ日本でのキャリアがスタートしました。
デジタルカメラの試験、評価を担当しています
来日間もなく、浜松営業所への配属、さらには総合電機メーカーへの勤務が決まったときは身が引き締まる思いでした。(2008年三河営業所開設とともに異動)。世界的にも有名なメーカーですから、私も嬉しかったですが、中国の両親も大変喜んでくれました。振り返ればあれから1年数ヶ月経っていますが、私にとってはあっと言う間に過ぎた、という感じですね。

たとえば放射測定があり電波が一定レベルに抑えられているかを評価したり、また伝導測定ではノイズや画像の評価を行います。温度上昇試験は、通常操作のほか連続操作やムービーなどのモードごとに、どのくらい温度上昇があるかセンサーを用いて試験します。
最初は先輩の仕事ぶりを見ながら、少しずつ任せてもらうようになってきました。ある意味で、仕事を覚えること以上に、日本語で上手にコミュニケーションをとれるようになるまで時間がかかりました。日本語の独特の言い回しや、方言などを理解するには、やはり慣れと時間が必要です。ただ、分からないことがあれば、課内の先輩方が本当に親切に教えてくださったので、すごく助かりましたし、自分で言うのも何ですが、順調に成長させてもらってきたと思っています。
密度の濃い日々を通し、キャリアアップを目指します

最近は、分からないことを先輩に聞く回数も減ってきました。何か問題を発見したとき、回路図を見直して原因を突き止めるといったように、自分で解決できたときは嬉しいし、成長を実感します。回路設計は大学時代からの専門でもあり、そういう専門性を活かせる点でもやりがいがありますね。ただ、もっともっと技術力は高めていく必要があります。先輩たちと比べても私の力はまだまだ及びません。普段の仕事からはもちろん、営業所の勉強会にも積極的に参加し、ロボットコンテストなどへの取り組みを通して、少しでもノウハウ、スキルを高めたいと思っています。
日本でのキャリアはスタートしたばかりですが、これまでの1年と数ヶ月、満足はしていませんが、充実しています。私は、日本での1年は中国での5年に相当すると思っています。それだけ成長できる環境で、自分の可能性を伸ばしていきたい。当面は技術力のアップがテーマですが、この後、5年、10年というスパンで技術に限らず会社の業務に幅広く関わっていけたら、という希望もあります。将来的には、何らかのカタチで日本と中国との架け橋的な仕事に就きたいと思っています。そのために、吸収できることはどんどん身に付けていきたいですね。

営業所長(2008年10月現在)
山田 英二
営業担当から
派遣先の評価も高く、三河営業所の
技術者にも刺激を与えている存在です。
三河営業所には、アルプス青島エンジニアの第三期生が3名、第四期生が2名在籍しています。第三期生は配属から約1年経っていますが、知識、コミュニケーョン力いずれもレベルが高い人材が揃っています。月に1度は個人面談を行い、週末には勉強会で顔を合わせるので、常に様子を聞いたり、相談事はないか確認していますが、まったくといっていいほど問題はありません。営業所にも職場にも自然と溶け込んでいった観があります。
派遣先からの評価も非常に高く、嬉しく思っています。私から見ると、彼らは素直で、吸収力に優れています。休日返上で勉強会に参加するなど向上心もあります。そういう姿勢が、営業所の日本人の技術者にも刺激を与えている効果も出ていますね。これからの成長に期待していますし、今後アルプス青島エンジニアが日本と中国のブリッジエンジニアとして活躍できるようできるだけのバックアップをしていきたいと思っています。


